政治家になるまでは、公認会計士・税理士して、法定監査、都銀のシステム監査〔昭和50年代始め〕、海外の資金調達業務<日本の監査法人では当時ほとんど行っていなかった目録見書、英文財務諸表、日米の会計処理の違い等について検討しながら作成。>、零細から大企業まであらゆる企業の税務処理、経営コンサルティング等を20年にわたり行ってまいりました。
私は、公認会計士として初の国会議員になり、経済・財政・税制・金融の各分野を中心的に活動し、国会審議では、ほとんどの年数を与党の立場でありながら、自分以外のスタッフや官庁の人に質問を作らせる人も多数いる中で、全て自らの問題意識の下、当然ながら自分自身で質問作成することで、質問に立ちました。質問回数も、延べ200回を上回りました。
過去、細川連立政権では、ワーキングチーム5人の1人として、平成6年度税制改正大綱作成を担当し、それ以降も、年度税制改正の常に中心で行動してまいりました。
また、金融国会の際には自由党(当時)の実務責任者として奔走し、金融機関が破綻、金融システムの崩壊することさえ心配された中で、「金融二法案」を成立させました。
予算委員会の理事として国会の中枢で奔走、金融問題や商法改正を中心に、企業法制、証券市場活性化対策の与党協議に責任ある立場で参加しておりました。
金庫株解禁等に伴う法案、コーポレートガバナンスに関する法案、継続開示企業の虚偽記載による課徴金導入に関する法案など、計16本の議員立法を成立させ、会社法制の現代化に関しても、法務省、内閣法制局、各関係省庁とも幾度となく意見交換を行ってまいりました。
2002年(平成14年)1月から1年9ヶ月にわたり小泉内閣の財務副大臣(再任を含む)として活動。予算委員会や財務金融委員会などで数多くの国会答弁にも立つかたわら、副大臣として財務省内に2つの研究会を立ち上げまとめてまいりました。
また、首都圏一極集中を避けるため経済の一部を関西に移すことを念頭にシンポジウムを行いました。
☆「円の国際化推進研究会」
我が国の国際金融センターとしての地位の向上を目指して
「我が国金融・資本市場の国際化のための研究会」
2002年5月に日本政府代表として欧州復興開発銀行年次総会に出席し、日本国総務演説を行いました。
更に、2003年(平成15年)3月にはASEAN+3ハイレベルセミナーでは開催国を代表して基調講演を行うなど、日本経済の回復・再生のみならず、アジア各国との経済連携施策の強化など、今まで培った知識・経験を活かした取り組みを行いました。
アジアにおける債券市場の育成にかかるASEAN+3ハイレベル・セミナー
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プログラム *
基調講演
「アジアゲートウェイ構想」 総理へ政策提言
2006年(平成18年)12月28日に党・アジア経済戦略プロジェクトチーム座長として首相官邸を訪ね安倍総理(当時)と面談し、金融による投資を通じてアジアの経済発展に貢献し、アジアの活力を取り込む投資立国なる事などを柱とした政策提言を申し入れました。
提言の内容は、アジアとの交流を通じて日本の成長力強化を目指す「アジアゲートウェイ構想」を実現するため、アジア企業の育成・再生を図る投資機構を設立し、アジア向けの投資ファンドを組織し、有望な企業家を育てます。
また日本の不良債権処理の経験を活かしアジア企業の再生に役立てることも視野に入れています。
そして投資機構を核とした拠点地域を国内に整備し、投資税制面で優遇措置を設ける「アジア金融市場特区」の設立やアジアに対する金融業務を行う国際協力銀行の開設なども提言しました。
総務副大臣、党総務部会長として
公会計
2007年(平成19)年9月の総務副大臣就任以前より取り組んでおりましたが、既に公表されている公会計のモデルについての実務的な検証を「新地方公会計制度実務研究会」において行い、公会計の整備に全力を込めて努めてまいりました。
その結果、今や総務省モデル、改定モデルを導入した自治体は、1,000を超えていると聞いております。財務書類の透明性を進めることでパブリック・プレッシャーによる改革をやり遂げたいと念じております。
また、各地方自治体を回り「くるまざ対話」運動を展開してまいりました。
地デジ化推進&エコポイント導入
2011年7月24日までに現在のアナログ放送が停波し、地上デジタル放送に完全移行することから、それまでに国民・視聴者に対する周知・広報を徹底することや、視聴世帯が100%カバーされることが重要な課題であり、特に、デジタル受信機やチューナーの格段の低廉化に向けて適切な施策を講じ、低所得者層に配慮しつつ、国民・視聴者の負担の軽減に努めることも重要であり、また、受信障害の問題に対しても適切に対応する必要がある。
さらに、2011年前後においてはアナログ受信機が大量に廃棄されることも想定されることから、アナログ受信機のリサイクル対策を早急に検討する必要がある。
以上のような課題を含め、デジタル化によって国民生活に支障の生じることなく、デジタル放送のメリットが国民に享受されるよう、横断的かつ総合的に対策を講ずる必要があり、党内にプロジェクトチームを立ち上げる。
その後、当時与党であった自民-公明で「地上デジタル放送推進プロジェクトチーム」の発足に動きました。
・地上デジタル放送に関する放送事業者の取り組みや政府の対策・予算案等について、NHK、日本民間放送連盟と意見交換
・地上デジタル放送推進に関して地方自治体、有識者等からヒアリング
・地上デジタル放送推進関連予算についてとりまとめ
エコポイント制度導入に関しては、企画・計画段階では、デジタルテレビ購入に対する現制度(グリーン家電エコポイント制度)の適応は、当時の自民−公明与党内でも、議論が盛りあがっておりませんでした。しかしながら、国民のニーズと地デジ化への普及促進、また、景気活性策を考え、副大臣、また、党の部会長として積極的に議論をして、与党内での意見調整、業界との意見交換、財源の議論など、理解をうるために積極的に説明をしてまいりました。調整に調整を重ねた結果、すでにあるエコポイント制の中に当初なかった地デジを入れ、ポイントも他に比べて2倍にし、交換商品も商品券を始め魅力ある商品を並べることにより、予想を上回る人気が出たのはご存知の通りです。地デジの普及は、急激に上向き、また、予想をはるかに上回る経済効果が出ました。本当に喜んでおります。
また、平成18年6月には、通信・放送のあり方に関する与党合意をとりまとめ、7月には、党・IT社会に関するプロジェクトチーム座長として記者会見し「安心・安全な情報通信社会の構築をめざして」と題した政策提言をおこないました
農山村漁村 交流
農林水産省や文部科学省とも協力して、学ぶ意欲や自立心、思いやりの心、規範意識などを育み、力強い子どもの成長を支える教育活動として、小学校における農山漁村での長期宿泊体験活動を推進することをまとめました。
これは、既に実施されておりました長野県大町市の事例などを視察した結果、大変重要な施策であると確信したものです。
全国2万3千校(1学年120万人を目標)で体験活動を展開することを目指し、5年間で、@農山漁村における宿泊体験の受入体制を整備、A地域の活力をサポートするための全国推進協議会の整備等を進めることとしました。
平成20年度の取組では、@農山漁村での1週間程度の宿泊体験活動をモデル的に実施し、これら活動を通じて、課題への対策、ノウハウの蓄積等を行う、Aセミナー等による情報提供等を行い、体験活動の実施に向け、国民各層を通じた気運醸成を図る、B関係機関での情報の共有化等を図り、地域の自立的な活動につなげる。ことなどを基本方針としております。
防 災
阪神・淡路大震災の経験から、また、地元に淀川-1級河川を擁する地域が地元と言うこともあり、平成17年末から18年にかけて各地でおこった自然災害に、災害特委員会理事として現場を視察し激甚指定などへの万全な対策を講じました。
(豪雪:新潟県津南町など、大雨:長野県岡谷市など、竜巻:宮崎県延岡市)
平成17年4月には、国交委員会で浸水想定区域の指定を中小河川まで拡大し災害予想図(ハザードマップ)の作成を義務付ける水防法改正を行いました。
また、地元・選挙区を流れる淀川にハザードマップが未整備であることから、私が、地元大阪市へ強く作成を求めた後、長期間を経てようやく作成されましたが、作成を強く求め実現しましたが、現在も充分、災害時の利用に耐えうるものにはなっておりません。
又、災害時等に消防の役割も大きくかかわることから、精力的に視察、各方面の消防隊員の激励にもまわりました。
中でも、急造できないレスキュー隊の充実や、ドクターヘリの全国配備、救人探査機器の配備を促進しました。また、皆さんもいたるところで目にとめるようになったと思いますが、AED(自動体外式除細動器)の公共施設への急速な設置を促進しました。更には、画像探査機やハイテク機器の消防署への設置を促進するなど、国民生活の安全と安心に向け努力をして参りました。
更に、消防団組織の無い大阪市では消防署OBが大阪市消防局災害活動支援隊を結成しておりますが、一般住民の方が入る実質なる消防団結成に向けて、大阪市と何度も交渉を繰り返しましたが、いまだ志半ばです。
一般住民の方にも消防団に入って頂いて多くの住民が防災意識を高めるため是非必要なことだと考えております。
今回の東日本大震災に見られるように想定外の事態になった場合、淀川の流域住民は避難場所が限られています。小学校でも3階建では十分ではありません。地方団体と民間の建物との間で協議し、住民の避難場所の特定に努めましたが、いまだ実現しておりません。避難所を求めて混乱することは、絶対に避けなければなりません。
関西(特に大阪)が、首都機能のバックアップとしての働きができることについて、同様の議論がなされるようになりました。
甚大な被害が出ないように、との思いで過去の質問に立ちましたが、被害が出てからの議論となりましたことが残念でなりません。
視覚障害者に選挙公報の点字・音声コード化
・平成19年5月に視覚障害者団体からの強い要望を受け、選挙公報を点字・音声コード化し視覚障害者に配布できるよう菅総務大臣に申し入れました
・従来、視覚障害者が選挙権を行使する際に候補者のプロフィールや公約を直接知る方法がありませんでした
・選挙権という基本的人権問題につながることだと素早い対応を求めました。
・その結果、7月参議院選から実現し、視覚障害者団体の方々も驚くほどのスピードで実現しました。
その他
外 交
アラブ首長国連邦<UAE>関係
2002年(平成14年)の年初より、日本・アラブ首長国連邦友好議員連盟世話人設定のため、総理経験者、閣僚経験者など中東に造詣が深い議員と個別に交渉を開始し、4月には、代表世話人の内諾をほぼ取り終えた。
資源エネルギー・特に石油のほとんどを中東から輸入する我が国とってこの地域の安定と人的な交流は必要不可欠と考え、2002年6月の有志を募り日本・UAE(アラブ首長国連邦)友好議員連盟(超党派)を結成、この席上、自ら幹事長に選任されました。
その後、日本とUAEとの友好促進に尽力をしてまいりました。
その内容は、エネルギー分野だけでなく、金融、情報・通信、航空協議、租税条約締結に向けた協議などを積極的に展開させてまいりました。
初代会長・橋本龍太郎元総理、2代会長・福田康夫元総理とともにUAEを訪問するのみならず、毎年数回の訪問を通して議員外交を続け、その輪は大きく広がりました。
1978年福田赳夫氏(当時首相)以来、29年ぶりの我が国の総理・安倍氏の訪問につなげました。
2005年(平成17年)7月に、橋本龍太郎総理特使・議員連盟会長とともに、故・ザーイド大統領のあとを継いだハリーファ新大統領と会談。
小泉総理の親書を手渡すとともにムハンマド皇太子とも立て続けに会談するなど要人との会談が続き、大きな成果を残したのです。
2007年(平成19年)12月にはムハンマド・UAEアブダビ首長国皇太子が、過去の私どもとの会談を受け来日されました。
国賓としては故・ザーイド大統領に次ぐハイレベルの要人の訪日。
訪日時には、福田総理(当時)・議員連盟会長に代わり日本アラブ首長国連邦友好議員連盟幹事長として歓迎宴で主催者を代表して挨拶するなど両国の友好に大きな存在感を示しました。
2008年(平成20年)にはUAEとともに豊富な石油資源を背景に著しい経済発展を遂げているカタールとUAEとのハイレベル政策の意見交換のため、総務副大臣として両国を訪問。
日本のICTに対する理解を深めてもらうとともに、両国における日本のICTの採用可能性を探ることを目的として、情報通信分野の主力企業6社の日本のICT関連企業担当者とともに、両国を訪問。
カタール側からはユビキタス特区、WiMAX、セキュリティ技術、ITS等について、UAE側からは電子政府、地上デジタル放送技術、電子タグ、セキュリティ技術等について関心が示された。
また、今後両国それぞれとICT分野で官民合同の定期的な二国間協議を行うことでも合意した。両国関係に極めて重要な対話の歴史を記しました。
主要関連機関・リンク先
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外務省紹介ページ
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日本アラブ首長国連邦協会
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在アラブ首長国連邦日本国大使館
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財団法人中東調査会
イスラム金融
2007年1月に、国際協力銀行主催で「イスラム金融に関する」セミナーが開催され、招聘を受け参加。
2008年2月には、日本経済新聞社主催のイスラム金融セミナーが開催され、福井・日本銀行総裁、ゼティー・インドネシア中央銀行総裁がおられる中、歓迎レセプションで政界を代表して挨拶しました。
イスラム金融で一歩先を行くHSBC(香港上海銀行)などのシンポジウムで講演しました。
後のリーマンショック、ドバイショックなどと言われた多くの国民の方にまで「イスラム金融」という言葉が知られるようになりました。
これらは、欧米や日本の金融システムとはちがい金利を取らず投資利益を分配するイスラム金融という独自のシステムで資金運用されています。
このイスラム金融に我が国は法整備が対応できておらず早急に研究と対策が必要です。
このイスラム圏の、巨大な資金が我が国を通してアジアに投資されるようにするためには、アジアゲートウェイ構想(前述)の実現が益々必要となることでしょう。